神山吉光が吠える

<第103回>「海図」なき航海中の玉城沖縄県政❹

2021.10.19



2021年10月20日更新<第103回>


 顧みて、玉城県政になってから実施された2019年2月の第2回沖縄県民投票は、オール沖縄側の猛烈な「辺野古反対」投票を呼び掛ける独走態勢と県側の投票参加を促す広報活動にも拘わらず、予想外にも52.4%という低投票率で終わった。とりわけ約半数に近い有権者が県民投票を拒否したことになり、県民投票としては甚だ迫力不足であった。
 当初県民投票に不参加を表明していた宜野湾、石垣、沖縄、うるま、宮古島の5市の投票率は計48.48%だった。普天間飛行場の地元である宜野湾市では51.80%、移籍先である名護市辺野古の久辺三区(辺野古、豊原、久志)では41.38%と県全体の投票率より更に下回った。

 全有権者の約半数から拒否されたあの県民投票の開票結果は、総投票数605,385票に対して辺野古反対が434,273票の(71.7%)、「賛成」が114,933票(19.0%)、「どちらでもない」が52,682票(8.7%)で「反対」が確かに総投票数の過半数をはるかに超えたことは事実である。
 ところが(大田県政時代に実施された1996年の第1回目の県民投票では「日米地位協定の見直しと基地の整理縮小」で「賛成」が89.0%で全有権者の過半数を超えていたが、玉城県政で実施された第2回の県民投票では辺野古反対に投票した票数(434,273)は全有権者総数(1,153,591人)からすれば37.6%にしか相当しないことも今後のためにどうしても記憶しておく必要がある。

 ところで、筆者はあの県民投票の無投票者の中に反対は10%程度しかいなかったのではないかと推測している。
 なぜならば、自民、公明はいろいろな背景があって最後まで静観することを貫き、その一方あれだけ独走的で凄まじい「辺野古反対」運動の中で「反対」の人々は殆どが投票場に足を運んだのではないかと思われるからである。

 オール沖縄側による「反対」投票を呼びかける新聞広告やパンフレット、そして戸別訪問など徹底した集票活動が辺野古反対票を総じて吸い上げたことは間違いないだろう。「反対」の投票率が71%を超えたことが如実にそれを物語っている。もう無投票者の中には辺野古反対の人はいないのではないかと思わせるくらいであった。
 仮に無投票者の中で反対が10%だとすれば辺野古反対票は合計549,632票となり、その数値は全有権者(115万3591人)の47.6%にしかならず「反対」が絶対的な民意とは言えないことになる。
 県民投票の実態をあらゆる角度から分析することは民意を正確に押し計る意味からも大いに意義があろう。

 また、先の県民投票はそもそも「設問」そのものが単略的で「辺野古反対」を誘導するような「名護市辺野古の基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う」ものであったが、仮にその設問を「普天間飛行場の危険性除去、全面返還に伴う辺野古代替施設埋め立ての賛否を問う」としたならば県民投票の結果に大きな変化が出たのではないかと思われる。
「海図」なき航海中の玉城丸、その燃料となっているのが、辺野古反対と言う民意であるとすれば、次回は絶好なタイミングで辺野古容認派が提起して、設問内容を変えて再び県民投票を実施し、もう一度民意を問うて見てはどうだろうか。そうすれば沖縄の真の民意が分かると思う。(次回につづく)

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