
はじめに
沖縄では連日コロナウィルスの感染が猛威をふるっている最中で、8月25日沖縄県内最大の政治決戦と言われた知事選の幕が切って落とされた。
知事選には国政与党が推薦する前宜野湾市長の佐喜真淳氏と、国政野党が推薦する現職の玉城デニー氏、そして前衆議院議員の下地幹郎氏が立候補を届け出て、告示前から三候補による激しい選挙戦がスタートしている。
選挙戦では現職候補者の県政運営やコロナ対策、そして沖縄経済の振興や基地問題が争点になると思われるが、さしずめ筆者は三候補者の告示前の立候補宣言や政策の一面を次のように垣間見た。
新現どちらかの知事を待つ沖縄県庁
下地氏は
選挙結果よりも立候補することに意義
告示前。コロナ禍で不要不急の外出を自粛し、書斎で何気無くテレビチャンネルをひねっていると、下地幹郎氏がワシントンのホワイトハウス前から、音声高く懸命に何らかを語っていた。
筆者は一瞬、「あれ、下地氏は何時からテレビ局のレポーターになっただろう。」と思ったが、実はそうではなく、間もなく告示される知事選への立候補
下地幹郎氏宣言であった。
宣言を注意深く聞いていると、彼は「知事選で当選したら辺野古工事を止めさせる」という。
そうであれば、敢えてワシントンまで出掛けて行かなくても、有権者の存する辺野古の工事現場で、堂々とその公約を宣言することが望ましかったのではないのか。
時々、政治家のパフォーマンスが行き過ぎてむしろ滑稽に見える場合が多いが、今回の下地氏の立候補宣言も、残念ながら筆者の目にはそのように映った。下地陣営の行き過ぎた演出である。(感想)
いずれにしても、元自民党衆議院議員で新人候補者が「辺野古工事を止める」と公約するのだから、工事を強力に推進している政権側からすれば、実に困惑の極まりであり、自民党県連にとっても下地氏の存在は目の上のタンコブだろう。
いかんせ、辺野古問題は国よって日増しに工事が進められており、県民の間では時間が経つにつれて「諦め感」が拡大しつつある。そのタイミングに下地氏が自論としている普天間基地の機能を馬毛島(鹿児島県)に移設するということに、強い信念をもって具体的に説明すれば、玉城氏を支持している辺野古反対派からも予想以上の支持が得られる可能性がある。
辺野古問題に関して、何ら対抗策もなく、辺野古反対だけを叫び続け、裁判でも10訴全敗の玉城氏に比べれば、下地氏は辺野古反対の打開策を明確に示しており、どちらかと言えば玉城氏よりも現実的だ。今後の下地陣営の戦略に注目しよう。
ところが保守層からの支持については、昨年の自民党への復党問題や衆院選の煽りもあり限定的と思われる。それは余り期待出来ないだろう。
それでも下地氏には全県的に一定量の基礎票があり、それを失わない為にも今回の立候補には意義があると思われる。
将来ある政治家として、落選して失うマイナスよりも、立候補して将来の為に基礎票を強固にしておくプラスの方が大きいからである。
繰り返すが下地氏は、普天間移設問題で現行の名護市辺野古の新基地建設には反対を表明し、普天間はライフワークとして関わってきた馬毛島への訓練移設の道筋が整ったことを強調するなど、徹底的に辺野古の問題で争う構えのようである。だが『机上の空論』という言葉がある。仮に彼が当選しても、国政に支持基盤のない一介の知事に、果してそんな国策の大転換が出来るのかどうか、はなはだ疑問である。
選挙手法では現在のところ国政政党の後立てがないことから、交流サイト(SNS)を駆使しユーチューブで連日、視聴者から質問を募るなど、従来の保革を二分した枠組みにとらわれない選挙戦を模索している。
告示前に下地氏はワシントンで立候補宣言を終えた後、足速に帰国し、東京と北海道で「沖縄ファースト」というタスキを肩に掛けて、沖縄問題を訴えるなど、限りなく行動力を発揮しているが、その行動力が彼の武器でもあろう。また、候補者討論会で見る限り、彼は理論の組み立てが早く、内容も比較的に解り安かった。
下地氏が衆議員初当選の頃、筆者が発行する雑誌『沖縄世論』(現・現代公論)でも話題の「人物編」で扱ったことがある。
佐喜眞氏の
政策スタンスと普天間飛行場移設問題
佐喜眞氏は立候補宣言で、政府との親和性を武器に、沖縄関係予算を仲井真県政と同様に最低でも3500億円以上を確保し、必ず経済活性化へ努力すると訴えた。確かに仲井真県政時には3700億円余りを獲得したことはあったが、国の厳しい予算査定の中で、3500億円以上の要求とは思い切った目標設定である。
ところがそうであっても、佐喜眞氏は他の候補者と違って予算を決定する政府側の推薦を得ており、政府側も共同責任という見地から有権者の期待は大きいだろう。
玉城知事の非力の表れだろうか、玉城県政になって沖縄予算は毎年減額されている。政権側の推薦を経た佐喜眞氏には沖縄振興の為に、どうしても頑張って欲しいものだ。
佐喜真淳氏 佐喜眞氏は4年前の知事選に立候補した際には、辺野古の新基地建設の是非への明言を避けていたが、今回の政策発表では、「今進められている辺野古の工事は現実的に認めざるを得ない」と「辺野古容認」を表明し、更に日米両政府への働きかけで、30年までの普天間返還は実現可能だ」とも述べている。
そうであれば、辺野古の工事も30年までには前倒しで完成されていなければならないことになり、佐喜眞氏の辺野古問題に関する政策は「容認」ではなく、むしろ「止も得ず推進」と解釈するのが正解であろう。
ところが、佐喜眞氏が仮に当選したとしても任期は26年までであり、普天間返還を30年までと公約したことにはいささかな違和感がある。
選挙公約は任期中の達成が鉄則であり、再選を前提とした公約ではなく、任期満了を前提としたロードマップも明示すべきである。
また新聞報道によると、佐喜眞氏がアメリカ大統領選のように、告示前から先の参議院選で27万票余を獲得して善戦した若手の古謝玄太氏を、「当選後」の副知事に指名するということだが、そうであれば、新機軸の選挙手法として有権者の共感を呼ぶのではないか。過去の知事選ではこのようなことはなかった。
ちなみに、過去の県知事選で友人の翁長助裕氏(翁長雄志前知事の兄)が、大田昌秀知事(当時)に対抗して戦った選挙で、筆者が翁長氏に対して「アメリカ大統領選挙のように副知事を事前に指名して、タッグを組んで選挙戦を展開してはどうか」と提案したところ、彼も随分と乗り気になって、密かにその人選まで進めていたが、発表直前になって取り止めになったことがある。そのような経緯もあって、新聞報道が事実であれば、佐喜真氏の戦略には深く共感を覚える。
佐喜眞氏は空手が特技のようである。見るからにその風貌だ。
候補者討論会でも彼のその風貌にしかり、未来沖縄を担う意欲と剛健な実行力、そして何事にも動じない安定感が強くにじみ出ていた。
現職玉城氏の
公約達成率は史上最悪の2.7%
現職の玉城氏は、告示前の事務所開きの挨拶やその後の演説会、討論会で「選挙公約の291項目の中で287項目は予算化し、計画を推進した。実現率は99%に近い」と成果を強調しているが、本当にそうだろうか。
そもそも現職が、就任前の選挙で支持拡大と集票がために、達成不可能な政策をやたらに公約して、それが達成出来なかった場合は有権者を愚弄したことになり、ある種の背信行為とも言える。では、今回の知事選に現職で立候補している玉城知事はどうだろうか。
玉城知事は昨年の県議会代表質問の答弁で、就任3年間で公約の291件すべてに取り組んだものの、これまでに達成したのは5件であることを自ら明らかにした。達成率は昨年で約1.7%となる。また「辺野古新基地建設反対」など未だ達成していない公約が280件、調査や検討、要請段階にとどまったのは6件あると説明した。

玉城デニー氏
県議会での県企画部の説明でも、選挙公約で達成したのは、➊「那覇空港第二滑走路の早期増設」➋「カジノ誘致反対」❸「就学前教育の充実」➍「本島北部や西表島などの世界自然遺産登録の早期実現」➎「琉球歴史文化の日の制定」であった。
着手にとどまったのは、➊「地域連携を強化した県立高校の存続」のほか、➋「世界ウチナーンチュネットワークの有効活用」❸「フィリピン、テニア、サイパンとの人事交流の姉妹都市締結」➍「消防防災ヘリの導入」➎「公立夜間中学の設置」
➏「住民合意がない自衛隊配備は認めない」であった。
そして玉城氏は、いよいよ任期最終年に当る今年の議会でも、野党側から公約の達成状況を厳しく問われ、結局「沖縄観光の高度化を図る為の観光基金の創設」と「少人数学級を中学三年まで拡大」、それから「那覇市内特別支援学校の設置」の3件のみが達成されていることが明らかになった。
詳細は省くが、要するに玉城氏は就任前の選挙で291の公約を掲げて当選はしたものの任期4年間で達成したのはなんと8件のみで、達成率ではたったの2,7%である。実態はとんでもない公約の達成状況であり、前代未聞の公約違反である。
玉城氏は8月17日の活字メディアが主催する候補者公開討論会の中でも、佐喜眞氏からその問題点を厳しく指摘されて、玉城氏は「公約を達成率で表すのは難しい。公約を実現し、取り組んでいると説明した方が、県民に分かりやすい、私は公約実現の為に取り組んでいる率としては98.6%と説明している」と反論したが、玉城氏の反論は屁理屈の最たるものだ。玉城氏は4年間の実績を言葉巧みではなく、厳正に誠意をもって県民に説明すべきである。
いずれの選挙でも、選挙公約は任期中に取り組みや推進で終わるのではなく、達成することが鉄則であり、推進中の公約をいくら羅列しても、それが任期中に達成されていなければ公約違反になることは当然である。
選挙公約の達成率が2.7%とは実に驚きだ。それでも再選を目指すと言うのだから、それを聞いて睡眠不足、高血圧になる有権者も多いだろう。
ちなみに2期8年を全うした前の稲嶺恵一知事と仲井真弘多知事は、4年単位の公約でもその達成率は90%を超えていた。両氏は有権者との約束を果たしたのである。
玉城知事は重大な公約違反を犯したことになり、玉城氏を支援している「オール沖縄」勢力にも大いに責任がある。
筆者は仕事柄から復帰後の歴代知事とは、任期中に何らかの形で大小さまざまに接触や交流があったと思われるが、どう言う訳か玉城知事とは全く交流の機会がなかった。又、4年間その機会をつくる用件もなかった。
ただ、彼が沖縄市議会議員であった頃、友人息子の結婚披露宴で筆者が乾杯の音頭を取る為に壇上に向かっている際に、司会役を務めていた玉城氏から、「神山社長、時間はたっぷりありますからどうぞ・・・」と親切にアナウンスされたことだけが微かに思い出される。当時、彼はラジオパーソナリティやイベントの司会役としても活躍していたと思う。
玉城氏が人物的にこれまでの知事と違うところは、何と言っても彼は庶民性が格段に豊富であるということだろう。
ところがその庶民性が余り行き過ぎると、世に軽量級の知事と映る場合があり、対外的にはそれがマイナス要因となる。従って政治家には庶民性だけでなく、時には押しの効く貫録もオーラも必要であり、それが外交力の源泉でもあるのだ。国との交渉でもそれが大きく試される。報道によると政府の沖縄関係予算が次年度も大幅に減額されるようであり、そうなると玉城知事の任期中は減額の連続だった。本当に困ったものだ。
沖縄二紙も
玉城知事の公約問題を後追いで報道<9月5日(月)追稿>
玉城知事の公約違反問題では、どうしても我慢がならなかったのだろうか、いみじくも日頃から辺野古問題で玉城県政を支援している沖縄二紙が、本ブログ「神山吉光が吠える第110号」の公開後、『琉球新報』が8月30日(火)、『沖縄タイムス』が9月3日(日)の朝刊で、筆者の玉城批判を後押しするかのように、玉城知事の公約達成率、いわゆる公約違反問題をそれぞれが、玉城氏の「『公約実現率98%』不正確」と大見出しを打って次のように報じている。

<県知事選立候補者の玉城デニー氏の選挙母体「ひやみかち・うまんちゅの会」は、「法定ビラ1号」やチラシで、4年前の知事選時に掲げた公約291件について、全てに着手し287件を推進中として「実現率98.6%」という表現で表記している。公開討論会の場では、玉城氏も同じ数字をあげている。しかし、辞書で「実現」の意味は「達成したもの」とされる。推進中の公約287件を「実現率」で表現するのは不正確だ。
広辞苑は「実現」の意味を「実現のものとなること」と説明している。玉城氏を支持する共産党の沖縄県議団だよりは「推進率98.6%」の表現を用いている。
中山義隆石垣市長は、20日に短文投稿サイト「ツイッター」の投稿で「世間の常識では『実現』というのは達成完了した時です。なので、(中略)実現したのは4施策」と投稿した。この投稿には27日時点で9600以上の「いいね」がつき、拡散されるリツイートは3700を超えた。
今年6月の県議会定例会一般質問でも公約が取り上げられた、玉城氏は完了・継続が8件、推進中が279件と答弁。質問した島袋大県議は完了公約が8件では「達成率」は2.7%ではないかと指摘した。
8月17日の公開討論会でも「実現率」と「達成率」の違いが問われた。玉城氏は「公約の中には実現したとしても、引き続き取り組むなければならないことがある。やって終わった―ではなく、そこからつながっているために、あえて『やったということ』を『実現した率』に置き換えて実現率98%と言っている」と強調した。>(写真参照)
<知事選に立候補している現職の玉城デニー氏は「法定ビラ1号」で4年前に掲げた公約291件中、「287政策を推進中」とし、「公約実現率は98.6%」としている。広辞苑で「実現」とは「実際にあらわれ出ること」「現実のものとなること」とある。 本紙がファクトチェックしたところ、287施策の全てが現実になったわけでなく、「不正確」だった。
玉城氏が掲げた公約のうち、「子ども医療費の完全無料化」は実現した。4月1日から県内全市町村で、中学卒業まで完全無料化している。
一方、例えば「県内国立大学への薬学部設置」の公約は本年度、約1125万円の予算を付け、設置に向けて協議の発足や県基本方針の策定を予定している。事業化に進展はしているものの、まだ実際に薬学部が設置されたわけではない。
玉城氏は1日の本紙などのインタビューで「実際にあらわれたもの」という解釈を引用し、予算を付けて事業化したものを「実現」とだと定義した。
子ども医療の無料化など、現実化のした政策を念頭に「達成と言えば終わるイメージになる。そうではなく実現し、そのまま継続しなければならない」と説明している。>
これが沖縄二紙の報道である。
従来の報道とは変わった現象だが、このように沖縄の新聞もようやく、玉城県政の公約違反問題を重大化し、批判する方向に目覚めたようである。ただ残念なのは本記事に関して、玉城氏本人や選対本部のコメントが載せられないと言うことだ。更に遅きに失した感もするが、これが社会の公器とされる新聞の良識である。
おわりに(9月8日 追稿)
選挙戦も終盤戦の3日攻防に突入し、3候補の選対本部長は次のように訴えている。
届け出順に先ず下地陣営の当山護選対本部長だ。
<沖縄から国に物申すことができる。ただ反対するのでもなく、論理的に国と話し合う。物乞いはしない。そのために経済的に強い沖縄でなければならない。行政の動かし方を知っている下地だからこそ、できる。>これが下地陣営の訴えだ。
また、佐喜真陣営の松本哲治選対本部長は、
<「公約を見比べるだけではなく、本当に実現が可能な候補者は誰なのかを、有権者に伝えていきたい。公約実現には財源が必要だ。沖縄だけでできるものではなく、国とどうやってタイアップできるかだ。できない時に誰のかのせいにするのではなく、自分の責任でやろうという覚悟が必要だ。候補者3人のうち、公約を遂行していく力は佐喜眞氏がピカイチだ」「公約80項目は厳選した。佐喜真知事が誕生すれば実現が可能だ」>と訴えている。
そして、玉城陣営の金城徹選対本部長は、
<「本人は(自身)も『異端児の知事』と表現する。学歴や幼少期の家庭環境・出自などを積極的に発言する。(掲げる)『誰一人取り残さない沖縄らしい優しい社会』も自分の経験から出ている。医療費の中学生までの窓口無料化も実行した。今までやってきたことを前に進めていくことが現職の覚悟・決意だ」>
これが3日攻防の段階における候補者側の訴えである(要旨)。いよいよ投票日が3日後に迫った。
筆者は既に自らの投票基準に照して、意中の人は特定しているが、ただ、本土復帰50年これから先、未来志向のビジョンを高々に掲げて、「この指止まれ」とした強い指導力を抱かせる候補者が、今回の知事選挙でも見当たらなかったのが誠に残念である。
選挙は民意と共に民度(県民の知的水準)も問われる。9月11日(日)の選挙結果を待つことにしよう。(完)
※「神山吉光が吠える」第110号は、沖縄県知事選挙の期間中の為に、知事選の重要性に鑑みて、随時に本文中で追稿及び修正して更新を行っています。尚、今後は通常通り毎月10日の更新になります。従って、次回(第111号)は10月10日を予定しています。ご了承下さい。