神山吉光が吠える

<第83回>県民投票 寸考雑感

2019.03.06

2019年3月6日更新<第83回>
県民投票の評価
 注目の県民投票はオール沖縄側の「反対」投票を呼び掛ける独走態勢と県側の投票参加を促す広報活動にも拘わらず、予想外にも52.4% という低投票率で終わった。とりわけ約半数に近い有権者が県民投票を拒否したことになり、県民投票としては些か迫力不足だ。
 当初不参加を表明していた宜野湾、石垣、沖縄、うるま、宮古島の5市の投票率は計48.48%だった。普天間飛行場の地元である宜野湾市では51.80%、移設先である名護市辺野古の久辺三区(辺野古、豊原、久志)では41.38%と県全体の投票率より更に下回った。
 また、大田知事時代(1996年)の日米地位協定の見直しを求めた第1回目の県民投票が59.53%であったのに比較すれば、50%微超では民意を決定的に押し測ったことにはならず決して成功だとは言えないだろう。
 
 そもそも2014年、2018年の知事選、そして衆院選でも繰返し辺野古反対の民意が出されたにも拘わらず、今更、名護市辺野古の基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票が果たして5億5千万円の県費を支出してまでも実施する必要が本当にあったのかどうか。大いに疑問だ。
 沖縄二紙は報じていないが、普天間飛行場のある宜野湾市民からは早くも提訴されている。
 
 開票結果は総投票数605,385人に対して「反対」が434,273票(71.7%)、「賛成」が114,933票(19,0%)、「どちらでもない」が52,682票(8.7%)で「反対」が確かに総投票数の過半数をはるかに越えたことは事実だ。
 ところがその数字は全有権者総数の1,153,591人からすれば37.6%にしか相当しないことも今後のためにどうしても記憶しておく必要があろう。
 (1996年の第1回目の県民投票では「日米地位協定の見直しと基地の整理縮小」で「賛成」が89、0%で全有権者の過半数を占めていた。)


棄権者の中の「反対」は推測10%
 個人的な分析で恐縮だが、筆者は今回の県民投票の無投票者の中に反対は10%程度しかなかったのではないかと推測している。
 なぜならば、自民、公明は最後まで静観することを貫き、その一方あれだけ独走的で凄まじい「反対」運動の中で「反対」の人々は殆どが投票場に足を運んだのではないかと思われるからである。
 玉城知事も投票率アップの名目で「投票参加」をあれこれと促していたが、知事の選挙公約そのものがそもそも「辺野古反対」であり、「反対に投票してください。」と呼びかけているようなもので、あれでは誰が見ても知事による作為的な辺野古反対運動そのものである。
 
 また、オール沖縄側による「反対」投票を呼び掛ける新聞広告やパンフレット、そして戸別訪問など徹底した集票活動が辺野古反対票を総じて吸い上げたことは間違いないだろう。「反対」の得票率が71%を超えたことが如実にそれを物語っている。もう無投票者の中には辺野古反対の人はいないのではないかと思わせるくらいであった。
 仮に「反対」が10%だとすれば辺野古反対票は合計で549,632票になり、その数値は全有権者(115万3591人)の47.6%にしかならず「反対」が民意とは言えないことになる。
 
 沖縄県民が大変に複雑な思いをしながらの県民投票であり、投票不参加者を単純に3択の投票率で案分したり、また投票不参加者(棄権者)は多数派に従えという論理には無理があるのではないか。それは、余りにも乱暴である。 全有権者の約半数に近い投票不参加者(棄権者)の動向を、推測であっても分析することにこそ大きな意義があると思う。
  詳細は省くが、ちなみに筆者は全投票不参加者(棄権者)の中の55%が「賛成」、35%が「どちらでもない」または「無関心」、そして10%が「反対」だと推測している。
 
 自民党が最後まで静観することを貫く中で、有権者の中には「賛成」だが投票率を下げる為に投票場に行かないなど、ある種の思惑があって棄権した人々も大勢いたようである。
 なかんずく、今回の県民投票はそもそも「設問」そのものが「反対」をリードするような「名護市辺野古の基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う」ものであったが、仮にその設問を「普天間飛行場の危険性の除去、全面返還に伴う辺野古代替施設埋め立ての賛否を問う」とした場合は、賛否の投票数に大きな変化が出たのではないかと思われる。その設問が決して賛成派をリードするものではなく、それが実態だからである。
従って、数年後に今度は県政野党(自民党)や賛成派が提起して、設問内容を変えて再び県民投票を実施し、もう一度民意を問うて見てはどうだろうか。そうすれば沖縄の真の民意が分かると思う。
 
― 完 ―