

精度の高い現地調査
国が世界自然遺産登録を目指す沖縄本島北部「やんばるの森」に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際自然保護連合(IUCN)による現地調査が10月5日から3日間にわたり実施された。
今回の調査は2度目ではあるが、今年2月に国が「奄美大島、徳之島、沖縄本島北部及び西表島」の世界自然遺産登録をユネスコに申請を復活してからは初めての現地調査である。従って、前回よりも「やんばるの森」が世界遺産登録に相応しいかどうかを判断する極めて精度の高い調査であったことが推測される。
IUCNは今回の調査結果を踏まえ、「やんばるの森」が世界自然遺産にふさわしいかを評価する報告書を来年5月頃に世界遺産委員会に提出し、来夏の同委員会で登録の可否が決まる運びとなっている。
「奄美・琉球」の世界自然遺産登録を巡っては2017年10月にも政府が推薦書を提出したが、IUCNからは推薦区域が分断されていることなどが指摘され、政府はいったん推薦を取り下げた経緯がある。
広大なブロッコリーの畑のように繁る「やんばるの森」(提供:国頭村役場)
過去の経緯に照らして、今回のIUCNの調査が国、県、地域にとっては実に不退転の決意であった。
沖縄北部の「やんばるの森」は生物の多様性が高く、数多くの希少種が生息している。森林はブロッコリーの容姿をして広範に繁り、ヤンバルクイナや野鳥の鳴き声が日常的に聞こえてくる。
IUCNの調査員に同行した環境省の職員も「やんばるの森」のこのような独特性を遺憾無く熱心に説明したようである。
ところが、問題は沖縄県紙の報道だ。筆者は沖縄タイムスと琉球新報がこのタイミングで「やんばるの森」に米軍の北部訓練場から派生する弊害を絡めて報道したことに大いに憤りを感じる。
登録に水差す沖縄地元の新聞報道
先ずは沖縄タイムスの社説から紹介しよう。
</長年米軍の訓練場として使用されてきた返還地では、これまでも土壌から有毒性の物質が検出されるなど地元住民や自然保護の専門家らが汚染を問題視してきた。だが政府はユネスコに提出した推薦書で「土壌汚染や水質汚濁がない」と述べるなど、この問題に目をつむる態度をとっており疑問だ。>
</過半が返還された北部訓練場だが、未返還地はまだ半分残る。やんばる地域と隣接した場所でオスプレイの離着陸など激しい軍事訓練が続いている。>
</沖縄島に米軍基地が集中している以上、基地問題を棚上げしてはその理念も成し遂げられない。確実な登録に向けて、政府は抜本的な課題解決に取り組むべきだ。>
これはIUCNが現地調査を開始した初日(10月5日)に掲載された社説の大略だが、同紙は第1回目(17年10月)の調査時にもおおむね同様の社説を掲載している。
要するに社説の主張は「自然遺産への登録はちょっと待てよ、そこには前に基地があって弊害が多すぎる」ということだ。
主張は自由だが、何もこのタイミングでなくてもいいのではないのか、登録を推進する側からはどうしても納得できない、この社説には大いに違和感がある。
社説ばかりではない、沖縄タイムスと琉球新報はIUCNの調査期間中に大きく紙面を割いて、「遺産候補地 遠い原状回復」や「豊かな森 汚す米軍ごみ」「北部訓練場跡地から米軍未使用弾」「返還地、今も使用か」などと大見出しを立てて、本文では丁寧に写真と図解までも添えて、米軍基地の跡地から派生する弊害を具体的に報じている。いずれも「やんばるの森」が自然遺産には不適当だと思わせる内容だ。
いわゆる沖縄二紙が常套手段とする諸悪の根源は米軍基地にありという、世論操作の類である。
2019年10月5日 沖縄タイムス 2019年10月5日 琉球新報
IUCNは米軍からも聞き取り調査
さて、このような沖縄地元の新聞報道がIUCNの調査員にどのような印象を与えたのだろうか。
沖縄二紙の報道意図が半ば成功したかのように、IUCNの調査員は、当初の日程に追加して、沖縄を離れる前に米軍からも念じてヒアリングを取ったようである。故にその先、決して楽観を許さないということだ。
調査の全日程を終えるに当って、IUCN調査の案内役を務めた環境省の職員と沖縄、鹿児島両県の担当者は今回の調査活動を総括して、「2回目の推薦であり 背水の陣で臨み魂を込めて説明もしたが、予断を許さない状況だ」とコメントを発表した。
残念ながら、これがIUCNの調査員に随行した職員の共通した実感であり、偽らざる現段階の評価である。斯くして、自然遺産への登録は現在、危うき状況にあるということだ。
沖縄二紙は、米軍基地から派生した弊害だけを強調するのではなく、沖縄地元の新聞として、むしろ報道の視点を変えて、IUCNから出された勧告の改善、弊害の解決には国、県、地域が一体となって取り組んでいることに主眼をおいて報道すべきであった。わざわざ調査日に照準を当てて、何も地元沖縄側からマイナス要因の情報を積極的に提供することはないのだ。「やんばるの森」が世界自然遺産としての登録に弊害があれば、その弊害は今後の努力によって、いくらでも除去、改善することは可能である。
沖縄本島北部の「やんばるの森」は本当に素晴らしい、森の大樹にキノコが寄生し共生している森林の姿(写真参照)は、私たち人間の競走社会にもある種の暗示をも与えてくれる。特に推薦地域一帯の自然は全人類の宝物とも言えよう。
さぁ、取り巻く悪条件があっても、斯くなる上は万難を排して、沖縄本島北部の「やんばるの森」が世界自然遺産にどうしても登録されて欲しいものだ。

この写真は雑誌『沖縄世論』2008年春季号の巻頭グラビアで
発表して大反響をよんでいます(撮影:今泉真也氏 提供:閣文社)
(次回は12月1日更新)