神山吉光が吠える

<第7回>県民大会には慎重な配慮が必要

2008.03.20



2008年03月20日更新<第7回>

 

許せない米兵の暴行事件

 

 去る二月十日に又もや米軍による痛ましい事件が発生した。

 

 九五年のあの少女暴行事件以来、何と同類の事件が十四件も続発しているというから実に驚きである。

 事件直後に福田総理も早々と遺憾の意を表明し、又、高村外務大臣や石破防衛大臣も相次いで事件の再発防止と米軍への抗議の談話を発表した。当然だろう。

 

 ところが、残念ながら事件そのものは不起訴処分となった。

 しかし、そうであっても本件に限らず米軍による事件の続発は絶対に許す訳にはいかない。県議会をはじめ、県下の全市町村議会でも抗議と再発防止を求める決議が行われた。

 これには、何らの異議もなく大いに賛成だ。繰り返すが、米軍の飛行極まりない暴行事件は絶対に許す訳にはいかない、ところが、だからと言って参加者数の目標が比較的少ないにも拘わらず“県民大会”と銘打って抗議集会を開催することにはもう少し慎重な配慮が必要ではないか。

 近年は、どうも“県民大会”というも名の権威が薄れて来たような感じがしてはならない。主催者側発表で一万人足らずの“県民大会”という集会も過去には何度かあった。内外に与える影響が必ずしも効果的であるとは思えない。県民大会というその名に反して小規模な大会で終えれば逆効果という見方もあろう。

 

 従って、一、二万人程度を目標にしながら“県民大会”と銘打つのには大いに疑問があり、大会名称の乱発とも言える。このようなことが、マンネリ化すれば、沖縄がいざ!鎌倉の時、それこそ県民が総決起しなければならない歴史的な事案が到来する時には大会の参加者が少なく、名存実亡の不発に終わることが心配である。

 

 かつて、沖縄県民は米軍の不当支配に対して島ぐるみで抵抗し、又、祖国復帰も大規模な県民総決起で勝ち取った。昨年九月の教科書検定意見の撤回を求める県民大会も比較的大多数の県民参加があった。

 私たちは過去の尊い体験から教訓を得て“県民大会”にはそれ相当の権威を持たせたいものだ。

 最後に、米兵の暴行事件に対して強く抗議し、同時に三月二十三日に予定されている抗議集会の主催者側には深く敬意を表する。