神山吉光が吠える

<第96回>雑誌『現代公論』創刊50周年記念企画「拾い読み印象記事」第1回

2020.12.30



2020年1月1日更新<第96回>


謹 賀 新 年

国が世界遺産登録を目指す沖縄本島北部「やんばるの森」に立地する国頭村『比地大滝』。本年7月にはユネスコで審査されることが決まり、大きな期待が寄せられている。


 明けまして
    おめでとうございます
 
明けまして
おめでとうございます
昨年中は「神山吉光が吠える」をご愛読いただき誠にありがとうございます。どうぞ、本年も旧倍のご愛読ご支援を賜りますよう謹んでお願い申し上げます。
2021年(令和3年)元旦 

 

雑誌『現代公論』創刊50周年記念企画「拾い読み印象記事」第1回

はじめに

 お陰様で本年春越には本ブログ「神山吉光が吠える」が更新100回目を迎えることになり、また、本年10月には筆者が主宰する評論誌『現代公論』が前身誌『沖縄世論』から数えて、曲がりなりにも創刊50周年を迎えることになります。

 その意義ある周期に鑑みて、弊誌が報じてきた思い出の評論や読者に強い印象を与えた記事を本ブログ「神山吉光が吠える」の従前の論考の末尾で付録として今回から連載で紹介いたします。

 今回は、2000年沖縄サミット前に森元総理大臣との単独会見が直前になって中止となり話題を呼んだ2000年6月号から雑誌の原文のまま紹介しています。どうぞ、ご覧ください。


(2020年6月号に掲載された記事)


<前日の朝早く書斎の電話のベルが鳴った。

「総理官邸秘書官の石田です。明日の総理の訪沖は日帰り故に御誌からの申し出(単独インタビュー)は後日に改める事になった。その旨を神山社長にお伝えいただきたい」総理官邸からの電話は森総理が来沖する前日の5月13日(土曜日)午前八時過ぎであった。

 あいにくシャワーを浴びていたので電話の応対には家人が当たっていた。

 後刻、私は気になっていたので念の為に官邸に電話を入れ、その確認をとった。

すると同秘書官からは更に「総理は東京に戻ってからも解散総選挙を含め、政治日程がぎっしり詰まっており、近々とはいきませんが御誌からのお申し出は今後の日程の中で改めさせていただきたい」と、その実現には含みを持たせた意味深い言葉が返ってきた。

 実は、4月中旬頃、森総理が例の森発言、つまり「沖教組と琉球新報、沖縄タイムスは共産党に支配されている」という趣旨の発言をしたことで、森総理は沖縄県民に謝罪する為にサミット首脳会場となる万国津梁館の落成式出席をかねて来沖するとの情報がマスコミ報道よりも先に本誌には伝わってきたので、私は「今がチャンスだ」と思い、内々に総理との単独インタビューの企画を練り、その準備を進めていた。

 衆知、総理とは、ただの数分間の面会さえもそんな簡単に出来ることはではない。

 過去に大田前知事は橋本総理(当時)と17回も会談したが、これは大田氏が国の安全保障と直結する広大な米軍基地を抱えた沖縄県の知事という特別な立場にあったからであり、同じように今の稲嶺知事が比較的多く総理大臣と直接面会できるのもそれが背景にあるからである。

 一般に総理との面会や接見は門前払いが常であり、マスコミでもそれが常態化しており、NHKの「総理が語る」を除けば、単独インタビューはほとんど絶望視されているのが実情だ。従って、今回の本誌の大胆な企画にも「100 m 先の針の耳から糸を通せるか」と揶揄する在京の先輩方もいたが、私にはこのことは百も承知であった。

 とにかくメディアが総理大臣と会見するにはアプローチするだけでも様々なルートがあって、総理の日程を検討する枠内に入るだけでも大変であることを知りながら私は県内外のいろいろな人脈をたたき、又、書面(要請文)にも託しつつその企画の実現に向かって行動を開始した。

 私からの会見要請文は総理事務所を経由して総理官邸に届けられたが、前後の形跡からして森事務所の段階で総理本人の目に留まったことは確実であり、総理の指示に従って官邸では日程検討に入ったものと思われる。

 いろいろな経過があって、本誌の対談企画(単独会見)がどうにか日程検討の大枠に入ることが出来た。

しかし、それは総理の滞在日程が短縮された場合は優先順位で外されるということであった。

 沖縄県警にも官邸サイドからその大枠の予定が伝わり、県警もそれを前提に警備上の立場から公私両面から動き出していた。

 

単独会見実現の確信

 沖縄は地方でも最たる地方だが、しかし、他の地方と決定的に違うところは沖縄県が米軍に軍用地を提供し我が国の安全保障を担保していることだ。しかも本年(2000年)7月に行われるサミットの開催地でもあり、沖縄が地理的に地方であっても今の沖縄は地方としての重みが違う。

 この頃、政府が沖縄に気配りするのもその理由からである。その上、森氏は総理に就任する直前に「沖教組と沖縄の新聞は共産党に支配されている」趣旨の発言で物議を醸しており、個人的にも沖縄の動きから目を離せない、特にマスコミには深く配慮する必要があった。

 一方、私も総理の日程取りの段階から「米軍基地が旧態依然として、在日米軍の75%を占めており、沖縄県の問題は我が国の防衛上からも内閣が避けて通れる問題ではない。いずれの内閣でも国防上から、沖縄問題には深く関わって行かなければならない。このような見地から、特に沖縄サミットを目前にして新首相が本土のメディアだけでなく、沖縄現地のマスメディアを媒体として沖縄県民に自らの所見を語りかけることは大きな意義がある。同時に、そのことは内閣の責任でもある」と私はそのようなことを常に強調してきた。

 従って、総理官邸でも沖縄のマスコミからのお申し出はその内容がそれ相当に整理されておれば、官邸側からそう簡単には、拒否できない事情があり、私は当初から本誌からの「会見要請文」が森総理の目にさえ止まれば単独会見実現の可能性は十分にあるものと確信をしていた。

 「琉球新報」や「沖縄タイムス」は両紙が明らかに対立しており、共同会見はあっても一紙だけに特定した単独のそれは前例からしてもほとんど考えられない。もし、一紙との単独会見となれば他の一紙がそれに反発し、又内閣記者クラブも慣例としてそれを許さないだろう。地元テレビも同じである。

 私には、いよいよ本誌「沖縄世論」が“漁夫の利”を得るのではないかとの読みがあった。

 

今後の開化に期待

 このルートに精通している在京の先輩方は、総理が午前に沖縄に到着し、翌日午後に離沖の場合は実現の可能性が80%、午後に到着し、翌午前中に離沖の場合は50%、日帰りの場合は0%という可能性を示していた。

 森事務所もほぼ同じ見方をしていた。

また、その頃は森総理の沖縄訪問の日程も二転三転していた。

 裏話になるが官邸側では、「日帰りでは沖縄県民にかえって失礼になるのではないか、サミットや普天間問題もあるし」ということで当初は一泊予定の方向で日程が検討されたようだが、森派からはこの一泊滞在の日程に思わぬ慎重論がでたという。例の森発言を謝罪することも兼ねての訪沖であり、それが終えたらさっさと引き返した方がいい、滞在が長引けば又、どんな発言が出るか知らないということである。

こんな最中で更に小渕前総理の容体が悪しきに急変し、一時は森総理の訪沖延期のことも内々で検討されたようである。

 ところが森総理の意向が強く反映して結局、延期よりも日程を短縮しての日帰りということで断行されたのが去る5月14日の総理訪沖であったようだ。まさに「総理日帰りの場合は総理との単独会見可能性ゼロ%」の予測が的中してしまった。

無念。かくして本誌の単独会見は、外されてしまった。

 現代沖縄の置かれている現況に照らして、私はいろいろな角度から様々な問題を森総理に投げかけて、その本音を引き出すつもりであった。しかし、不運にも今回の企画は不発に終わったが、この企画の試みによって本誌のしたたかな編集姿勢が内外に強く示されたことは望外の収穫であった。

 今後に大きく開花させたいと思う。

 ご尽力を賜った関係者の皆様には、感謝の念でいっぱいである。>

(月刊『沖縄世論』(現『現代公論』)2000年6月号・掲載)


次回は2月10日更新予定